A friend of my school days

☆ 学生時代の友人「まり子」さんのことを思い出す。
同じサークルだった彼女はほっそりしたとびきりの美人だった。
ジーンズに紺色のブレザーを羽織りショルダーバッグをかけた姿が印象に残っていて、セミロングの髪を冬は下ろし、夏は一つに束ねていた。
広島弁で「じゃけん、じゃけん」と言っていた。
カレーを食べるとき、何故か韓国人のように全部混ぜてから食べていた。
「エアーポート’75」の映画を見てきて、ヘストンの『Climb baby!』(事故で操縦士がいなくなったジャンボジェットの操縦を、地上からヘストンが恋人であるアテンダントの女性に指示しながら、祈るように吐く独り言)の台詞に酔ったと興奮気味に話していた。
卒業後は広島の田舎で小学校の先生をしていた。
風の便りで、40代の頃肺がんで亡くなったと聞いた。
数多くの男たちの交際申し込みを全て断り、生涯独身を通した。
仕事熱心で、卒業後一度だけ集まった席でも、仕事の話ばかりしていた。
おばあさんになった彼女に会ってみたかった。