Uzbekistan 2

★ ウズベキスタンの観光は、いくつかの例外を除き14c末に生きたチムールにまつわるものがほとんどだ。
メドレセと呼ばれる神学校、モスク(イスラム教の礼拝堂)と付随するミナレット(高い塔)、権力者の霊廟、バザールなどが中心となる。
これらについては、多くの人がネット上にも書いてあるので、私は主に例外の部分を紹介したい。
 
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タシケントで訪れた日本人墓地の埋葬者氏名で、79名が刻まれている。
 
元抑留者の村山常雄氏(1926生まれ)が、2007年に『シベリアに逝きし人々を刻す』というソ連抑留者死亡名簿を出版され、その後『シベリアに逝きし46300名を刻む』という2冊目も出版された。
それによると、中央アジア全体では2745名が亡くなり、ウズベキスタンでは882名が亡くなっている。
 
46300名は極東・シベリア・中央アジア・モンゴル・ウクライナ・ウラル以西の6地域に区分され、埋葬地数は864筆に及んでいる。
私が訪れたのはこのうちの1筆。
村山氏はこの作業を70歳から始めている。
大した仕事を成し遂げたものだ。
亡くなった日本人は6万人を超えると言われ、彼は今もその作業を続けている。
 
墓地には墓掃除のおじさんがいて、きれいに整備されていた。
ところどころに物乞いの老人もいる。
 
亡くなった人たちの名前を見ていると、1942年に戦死した伯父を佐世保海軍墓地碑に参ったことを思い出した。
私の親類でも佐世保へお参りした人は他にいない。
この碑に名を刻まれた人たちに近しい人々もタシケントまで来れる人は、いてもごく少数だろう。
その意味でも村山氏の仕事は多くの遺族の人々の慰めになるだろう。