2014.3.26
―― 神隠しされた町 ―― 若松丈太郎 1994
4万5千の人びとが2時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ
ラジオで避難警報があって
「3日分の食料を準備してください」
多くの人は3日たてば帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけをだいた老婆も
入院加療中の病人も
1100台のバスに乗って
4万5千の人びとが2時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいが
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生40時間後のことである
1100台のバスに乗って
プリピャチ市民が2時間のあいだにちりぢりに
近隣3村をあわせて4万9千人が消えた
4万9千人といえば
私の住む原町市の人口にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径30kmゾーンは危険地帯とされ
11日目の5月6日から3日のあいだに9万2千人が
あわせて約15万人
人びとは100kmや150km先の農村にちりぢりに消えた
半径30kmゾーンといえば
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約15万人
私たちが消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故6年のちに避難命令が出た村さえもある
事故8年のちの旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーヴメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
4万5千の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は捜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる
鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市と
ほろびをきそいあう
致死量8倍のセシウムは90年後も生き物を殺しつづける
人は100年後のことに自分の手を下せないということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種がまいあがったにちがいない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない
私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす
この詩は17年後に現実になった。