「わたしたちが孤児だったころ」 カズオ・イシグロ著 入江真佐子訳

★ 分子生物学福岡伸一カズオ・イシグロの対談に興味をもち、読んでみたくなった。
話題作は 「わたしを離さないで」 だが、1930年代の上海が舞台のこの作品をまず読んだ。
 
前半はわたしにとって退屈だったが、後半は活字から目が離せないほどで、十分理解するより先に目が活字を追う状態だった。
 
主人公は上海租界に暮らすイギリス人少年。 父親は愛人と失踪し、母親は上海マフィアの黒幕的人物の妾にされるためにやはり失踪させられる。 が、それがわかるのはずっと後のこと。
この辺りの描写からは萩尾望都の「残酷な神が支配する」も思い起こされる。
 当時この両親の失踪の真相が全く分からぬままに、少年は孤児となり、イギリスのおばのもとで成長し、こどものころから憧れていた探偵になってイギリス社交界で名声を得る。
 
日中戦争のさなか、両親を捜しに上海に向かう。
子どもの頃の憧れだった刑事や瀕死のけがを負った少年時代の友人アキラとの再会。
混沌ととしながらも緊迫した当時の上海が、これらと同時に描かれ、当時の上海への興味も深まっていく。
 
終盤、両親の失踪の真相が、主人公を租界に置き去りにしたおじから語られる。
母親の犠牲のもとに育った自分を知る。
 
最終章で、自分の子供を認知できなくなった母親に会いに施設に向かう。
名前を言っても、わが子と認識できなかった老いた母が、子ども時代の愛称を言うと反応を示す。
この場面は、安らぎを覚える。
 
母子の昔の記憶が、しっかり共有できており、それがお互いの今をも支えている。