入院日が決まる。
※ 入院予約をしてから10日が過ぎ、やっと入院日が決まった。
病院もコロナで入院調整が難しくなっている様子で、医師を初め医療関係者は多忙を極めている様子。
入院日は10月18日(月曜日)で、その前の13日にPCR検査がある。入院期間は1週間でその間に髄液を採った効果をみる。
その後髄液を他の部位に逃すバイパス手術をするかどうかはその効果による。
※ 今朝、お向かいのおばちゃんが「田んぼにカラスがようけおるよ!」と言いに来てくれた。
私はその時、大根の間引き菜のもみ漬けを作っており、連れ合いは扇風機を片付けようと羽根を風呂場で洗っていたが、すぐに見に行った。
4羽のカラスが落花生を突いていた。
落花生を植えてあるところは草が茫々と伸びており、豆はカラスに見つからないだろうと油断していた。
とりあえず網を張り、収穫はまた後でということに。
とにかく二人とも体が動かない。
連れ合いは碁に行く元気はあるのに、豆を抜く元気はないのだ。
私も自分が動けないので文句は言えない。
入院を待ちながら
※ 正常圧水頭症のタップテストのための入院を待ちながら、この待機状態はやはりコロナから派生しているのだろうと思う。
脳神経の問題ということで、京都大原で暮らすベニシアさんのことを思い出した。
彼女は2015年くらいから目が見えにくくなり、後部皮質萎縮症(PCA)の診断を受けた。
アルツハイマー病の前段階で、2019年10月に発行された「ベニシアと正、人生の秋に」の本では、食事を作ることもできなくなっていたことも書かれている。
私も今は歩けず、杖をついて家の周りを100mほど歩くことを課している。
私の場合は料理も調理台につかまりながらなんとかこなしている。
認知機能はかなり衰えている(引き算ができない)が、まだ新聞も読むことができている。
買い物は私が運転し、連れ合いがカートを押すが、どちらもヨロヨロしているので時間がかかる。
今日は入院のための買い物もあり、100円ショップへも寄ったら2時間弱かかった。
ポツンと一軒家
※ お向かいのおばちゃんが、9月26日放送のポツンと一軒家に知ってる人が出るから見るといいよと教えてくれた。
どうでもいいなと思いながら録画予約をしておいた。
録画を観て驚いた。
特にその自家製発電所には感動した。
主人公のおじいさんは86歳だが、家やその周りの維持も完璧で、生き方に尊敬の念を抱いた。
見逃し配信などでたくさんの人に見てもらいたいと思った。
※ 娘からのメールで大島新監督の制作中の新作情報を知った。
私の選挙区は残念ながら2区なので、小川さんに投票することはできないが、なんとか応援したい。
※ 入院の知らせを待っているが今のところまだで、車で近場の用事にはいけるが、車を離れると杖が頼りだ。
ビッグコミック18号はなぜ小川淳也の表紙か?
※ ビッグコミックを読んだことがない私のようなおばあさんが、小川淳也の表紙というだけで買いに行った。
近くの書店は売り切れで、志度の書店も同様。車で20分ほどかかる東かがわの店にやっと在庫ありだった。
後で娘に聞くと、その類の本はコンビニなら間違いなくあるという。
私にとってコンビニはコンビニじゃないのだ。
さて、小川淳也は表紙の人なだけで、中身はコミック コミック コミック・・・。
去年6月コロナ感染にビクビクしながらも観たい欲求が強く、高松まで出かけた。
もちろん大島新監督の「なぜ君は総理大臣になれないのか」で、鑑賞者は高齢者が多かった印象がある。
こういう人が政治家にいることが希望だ。
大島新監督は信友直子の「ボケますから・・・」もプロデュースしているという。
二男が帰省中、大島新監督の父大島渚監督の「青春残酷物語」のDVDを見た。
描かれているのは1960年で、そこには生きる芯を見いだせない若者のヒリヒリした刹那的日常と最後に訪れる死がある。
ここには少しの希望もないが、60年はそういう時代だった。樺美智子もそういう中で殺されたので、この作品を見ると時代がよくわかる。
大島新監督は1969年生まれ、今後の作品を楽しみにしている。
ビッグコミック小川淳也の表紙は「なぜ君は・・・」の作品がなければ生まれなかったのは確かだろう。
入院に備えて。
※ 連帯保証人を友人にお願いして書類を整えている。
入院は数日後になるのか数週間後になるのかまだわからない。
今のところ2年前の入院時と変化していたのは病棟も外来もFree WiFiが使えるようになっていたこと、寝巻きなどのアメニティが外部委託されるようになっていたことだ。
※ 昨日の夕食は新聞に載っていた「サンマとナスのマリネ」を作った。
店でサンマを3尾求め、3枚におろしてくださいと言うとできないと答える。
この歳になってもサンマを3枚におろしたことはないが、仕方ないのでスマホでおろしかたを調べてやってみた。
サンマはこの秋2度目だが、1度目が全く美味しくなかったので、雪辱を晴らしたかった。
ナスを焼き、塩コショウしたサンマを焼き、バルサミコ酢や醤油や砂糖などを合わせたものをかけるだけの簡単料理だが、食べたい時に食べたいものを食べるというのは満足度が高い。
お向かいさんにもらった栗を入れ、栗ご飯と一緒にいただいた。
ほとんど動けないのに食欲があるので体重は増えつつある。
脳神経内科その後
※ 昨日は17日に行われたダットスキャンの画像を見ながら説明を受けた。
それによると、進行性核上性麻痺の心配はなく、もう一方の正常圧水頭症の治療を受けることになった。
まずタップテストで髄液を30ml抜き取り、その後数日間に起こる症状の変化を調べる。
そのために今は病院からの入院の指示待ちをしている状況だ。
タップテストの後、髄液を他の体腔へ導くシャント術はまた別の日程で入院手術になるのかどうか、そこまでの話は昨日の時点ではなかった。
※作業に帰ってくれていた二男が朝のバスで大阪へ戻る。
作業中の二男、私の病院もあり食事は出来合いが多かった。
持ち帰らせる弁当だけは作った。
※ レンタルDVDの大島渚監督「青春残酷物語」(1960)を観た。長年観たかった作品で、このことはまた機会があれば書く。
下の田んぼに咲いた彼岸花。