老いあれこれ

※ まずは給湯機の工事中の写真を1枚。

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右のスレンレスのが古いTOTOの製品、白いのが新しいノーリツの製品。

作業中は邪魔になるといけないので、業者の人が途中で切れたガスを購入に行っている間に写真を撮った。

 

 

※ 風呂が使えない間に通った温泉では、毎回いろんなことがあった。

前回書いた下着がなかなか履けなかったこともそうだが、こんなこともあった。

浴槽の入り口がL字型になっているのだが、広い方は2〜3人が縁でくつろいでいたので、狭い方の湯の出口がある方を利用して浴槽から外に出ようとしたところ、何度踏ん張ってみても外に出られない。

広い方は一段踏み台になるような階段があるのだが、狭い方にはなく、直接出るようになっている。何度か試みていると、一人のおばさん(おばあさん?)が腕を持って引き上げてくれた。段差はほんの30cmあまりだろうか?

これには自分でも驚いた。

要するに筋力・脚力がないのだ。

老いはこんなふうに否応なく自覚を迫ってくる。

困ったことに誰しもそうだろうが、老いの経験がないので、自分がどの程度のことができなくなっているのかわからないのだ。

こういうことを何度か経験して、老いの自覚ができてくるのだろう。

 

母が自転車に乗れなくなった時のことを覚えている。

左足でペダルを何度か漕いで、右足を上げて自転車に跨るのだが、右足が右のペダルに届かないのだ。これもおそらく筋力の衰えだろう。

認知症も同様で、その不安・戸惑いを容易に想像することはできない。

我が家もビンやペットボトルの蓋開けなど、車のサポカー同様補助グッズが増えていくだろうが、老人をサポートするもろもろの整備を期待したい。