「じょんがん山」(204m さぬき市寒川町)

★ 11月の定例登山のために、「じょんがん山」に向かった。
知らなかった山だが、エムテック松本さんのサイトで知り、挑戦した。
 
案内する一人は今月初めに一週間ほど入院していたので、近くの低山がいいと思った。
リュックも持たずに、お茶とミニ羊羹1個を大きめのウエストポーチに入れ出かけた。
エムテックさんは2011.1.17にこの山をアップしているのだが、もうすぐ5年が経過するせいか、登山口からすでに荒れていた。
いつもは鋏とのこぎりをリュックに入れているが、きょうは何の道具も持っておらず、ブッシュになったらお手上げだった。
金刀比羅神社を過ぎ、次の崖のポイントを過ぎ、岩場のあるヴューポイントまでは進んだが、ここまでで1時間近くかかってしまい先に進むのを諦め引き返した。
 
イメージ 1
登山口から少し上ったところにある金刀比羅さんを祀った祠。
 
 
イメージ 2
県道264号線の西側の川に沿った市道を南に向かうと、写真の木造家屋があり、その先を右に入る。 位置的には門入湖のちょうど西側になる。
 
 
★ 入れ歯の調子が悪くピリピリした痛みがあり、舌の横まで痛くなりまた歯科へ。
 
 
★ kaze no ko おじいさんの本日付けブログに『大逆事件』に触れた箇所があった。
永井荷風のこの事件に対する反応を取り上げている。
興味のある方は読んでください。
 
今年3月30日付け日経新聞に『歴史学が抹殺された日(明治)』で、大逆事件の特集が掲載されている。 日経はたまにこういう読みごたえのある内容があるので、購読している。
同じページの隅に明治学院大学教授の原武史氏が書いている。――歴史学者津田左右吉(1873~1961)は日本神話のフィクション性を指摘し、憲法学者美濃部達吉(1873~1943)は天皇機関説を唱え、長らく通説となった。天皇イデオロギーが末端まで浸透し、強圧となるのは昭和初期からだろう。―― とある。
 
より巧妙に、利用され続ける天皇制。
住井すゑ大逆事件に触発され『橋のない川』を執筆した。
大逆事件は現代にこそ、もっともっと光を当てなければならない。