柳美里著 「JR上野駅公園口」

※ この本を手にした動機は、天明の飢饉で耕作の担い手を失った相馬へ加賀越中から集団移民させられた真宗門徒が描かれているということだった。

当時農民の移動が厳しく制限されていたとはいえ、巡拝を口実の通行許可証など抜け道もあった。

この「集団移民」は御母衣ダムで水没した住民が集団移住し、渋谷円山町でラブホテル街を作り生き延びていった過程を思い起こさせた。

 

もう一つは1933年生まれの上皇明仁と同い年の主人公が、国民学校を卒業してすぐ出稼ぎに行き、大型漁船の中で寝泊まりしながらの作業、その後ホッキ貝採りへ、また北海道霧多布での昆布採りなどを経て、東京オリンピックの前の年、30歳で東京へ出稼ぎに出る。

この本の内容は集団移民よりもこの男の生き様を主軸に描かれている。

天皇浩宮徳仁と同じ年に生まれた長男はその一字をもらって浩一と名付けたが、レントゲン技師の資格を取ってすぐ、睡眠中に21歳の若さで亡くなる。

男は60歳で出稼ぎをやめ、郷里の八沢村(現在の花巻市)に帰り、両親を看取る。

妻の節子は近所の婆さんの法要の翌日、息子と同じくやはり睡眠中に65歳で亡くなった。

男は酔っ払って寝ていたので妻の死に気づかなかったことを後悔し続けた。

その後動物病院の看護師として働く孫娘の世話になりながら暮らしていたが、若い娘を年寄りの犠牲にはできないと行き先を告げず家を出て、上野駅公園口で暮らし始めた。すでに67歳になっていた。

ラストは津波で犠牲になる孫娘と主人公の死期が近いことも想像させる。

 

行幸啓を利用して行われる上野公園のホームレス狩り、あるいはオリンピック招致が彼らにもたらすものなどはメジャーな報道に載りにくく、つとめて隠そうとされる。

 

この本が刊行されたのは2014年、モーガン・ジャイルズというケンタッキー出身でインディアナ大学日本語学科を卒業した女性によって翻訳され、2020年の全米図書賞を翻訳部門で受賞した。外国はもとより、この受賞によって日本の読者もまたますます増えていることだろう。

東北の方言が多いし日本を詳しく知らない人たちには戸惑いも多いかもしれないが、多くの外国の人たちが知らない事柄(天皇制を支える日本社会の裏側、日本経済を支える出稼ぎ労働、東北を犠牲にし続ける電力会社と政治のあり方など)について、広く世界に知らしめることを期待している。

柳美里は初期の作品以来ずっと読んでなかったが、今回の「JR上野駅・・」でまた興味が湧いた。それは彼女が子を産み、育てる中での葛藤や苦労が作品に投影していると思われる。

もっとも感じたのは細部描写の素晴らしさだ。

小説は細部描写の膨らみが臨場感を盛り上げる。

一つ、移民から3代目の古老の話で、屈葬の立棺が出てくる。

私の母方の祖父は明治22年生まれ(1889年)だが、その祖父の妹が亡くなった時が屈葬の立棺だった。おそらく私の記憶の原初の頃だろう。

死んだ人を見たのも初めてだったし、その人が桶に入っているのも初めて見た。

後にも先にもこれ一回きりで、これが何年頃の話かわからない。