なれないおさんどんで放心状態

※ 今朝は薪を焚き始めて3時間が経っても部屋の温度が11℃しかなく、石油ストーブも追加した。炉の温度は180℃あるのに部屋が暖まらないのはよほど外気が冷えていたのだろう。

 

12月28日昼に次男が帰ってきて、1月4日朝全員が職場に戻るまで、なんとか5人分の食事の準備をした。うどん屋での外食すらしなかった。

1年前は大晦日に退院したばかりで、何もできなかった。

普段は夫と2人だけの超手抜き料理なので、2人に戻った後は放心状態で、10枚弱の賀状も昨日からやっと書き始めた。1日1枚書いてはウォーキングを兼ねて歩いてポストまで投函しに行く。往復2kmくらいなのでちょうど良い距離だ。

 

12月29日昼に娘が帰ってきたが、昼ごはんを済ませてすぐ丸亀の墓参に付き合ってもらった。

丸亀までの往復運転は自信がないので片道を運転してもらった。その時大量の正月用品を頂いたが、その中に里芋の親が1個入っていた。

それを元旦の夕飯にモンゴウイカと煮て大皿に山盛り盛り付けた。

子供の頭ほどもあるその里芋を処理するのが大変で、握力も腕力もなくなっている私には時間がかかった。苦労した甲斐があって5人でほぼ平らげ、なかなかの好評だった。

 

暮れから正月にかけての記録を少しずつ書いていこう。

 

空っぽになっていた薪置き場を満たしてもらった。