東京その1

※ 6月初めだったか、新聞にバレエ「飛鳥 ASUKA」の記事があった。
振り付けが牧阿佐美(1933生まれ)、美術が絹谷幸二(1943年生まれ)だったので、転職して間もない娘がお盆は帰れないと言っていたし、私はまともにクラシックバレエを観たことがないし、冥土のみやげにもいいかと8月の東京行きを決めた。

出発は24日を予定していたが、23日午後から24日終日は高松空港は乱れると航空会社からメールが入り、変更を勧められた。
そこで23日1便に急遽変更し、昼前無事娘宅に着いた。
朝が早かったので朝食を食べずに出てきたが、羽田の丸亀製麺で腹ごしらえしたので昼ごはんはまだいい。
まずはシャワーを浴び、一休みしてからおいていてくれた自転車で買い出しに行った。
その後娘が帰宅するまで、今回の旅の下調べをする。


24日…アパート近くのレンタカー屋でスズキエブリ(軽を頼んだらこれしかなかった)を借り、八王子鑓水の「絹の道資料館」、小泉家屋敷などを見学。
八王子はバス停や地名にも「織物横丁」など布にまつわる名が多いが、横浜間をつなぐJR横浜線も、横浜港が開港し輸出用生糸が運ばれた道が元になっているとあった。
小泉家屋敷は東京都指定文化財で、茅葺農家だが、現役のお宅なので外から眺めるだけ。
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お昼は蕎麦を食べ、午後は八王子夢美術館で開かれていたエドワード・ゴーリー(1925~2000)展へ。
挿絵や装丁など何かしら彼の絵を目にした人は多いだろうが、どこか不気味で不穏な空気が漂う。
彼の年譜を見ると、20歳前後で3年間陸軍工兵隊で毒ガステストに従事したとあった。
この雰囲気はそれかもしれないと感じた。
作品は小さく細かいものが多いので、とても疲れた。
彼の鳥の描き方などは小山田二郎(1914~1991)の鳥シリーズなどを連想するものがあった。
同時代を生きているので影響があるのかもしれない。


25日…午前中は昨年オープンした漱石山房記念館へ。
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早稲田南町の住宅街の中にある。漱石の孫であり、半藤一利の妻である半藤末利子(82)が名誉館長。
ここでマナーの悪い女性二人連れと同じ時間帯の見学になり、集中できず不快だった。こういう場所に慣れていない人なのだろう、周囲に聞こえる声で喋り通しだった。
注意すれば改めただろうか?そのまま我慢したが良かったのかどうか…。
山房自体は落ち着いた雰囲気で、静かに鑑賞できればとてもよかっただろう。

お昼は新宿メトロ内にある「新橋しのだ寿司」で、江戸前ちらしを食べた。
外国人が多い。
さていよいよメインのバレエを観るため、初台の新国立劇場オペラパレスに移動。
ゲストはスヴェトラーナ・ルンキナ(1979生まれ)とルスラン・スクヴォルツオフ(1980生まれ)、どちらもロシア人だが脂の乗り切った年代なのだろう。美しい。
17:15公演が終わり、新宿3丁目のロシア料理「スンガリー」へ歩いて行く。
加藤登紀子の店だが、一度来たかった。
18:45に予約していたが、1時間早く到着し、空席があったのですぐに入れた。
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食べたもの…キノコのマリネ、ストロガノフスキー、ペリメニ、ラフマジュン、ゴルブッツイ。
飲んだもの…ビール、バイソン・トニック、スタルカ・ハイボール、リレ・ブラン。
食べた!食べた!アルコールも料理もとても美味しかった。

徒歩でカプセルホテルへ向かった。